『きみはペット』ってどうなの?

男をペットのようにして一緒に暮らす

憧れと言うものがあります、あんな風になりたい、いつかあんな暮らしをしてみたい、いつかきっと翼が生えて飛んでみたいなどなど、人の願望とは無限大です。勿論ですが、叶えられるものと叶えられないものと出てくるので、どうするかは取捨選択するまでもないでしょう。堅実に暮らすべき、そう思いたいところですが中にはどうしても冒険をしたがる人はいるものです。一向に構わないが、当たり前の事を言えば常識的に物事を考えて、というのが前提だ。そう考えると度々見かける漫画作品の設定で、あまりに逸した物を見かけるとどうにも戸惑いが出てきてしまいます。

この作品にしてもそうだ、今から13年前に連載が始まり、その独特すぎる内容から講談社漫画賞という大変名誉ある賞まで受賞するという偉業を成し遂げた『きみはペット』という作品。筆者がこの作品の存在を知ったのは、原作からではなく後に日本でテレビドラマ化されてようやく存在を知った。それまでは名前すら聞いたこともなかったが、たまたまドラマを見ていたので眺めていると、唐突に主人公が道端で行き倒れ同然だった青年を囲いとして飼い始めるという、仰天ストーリーになっています。

何処から突っ込めば良いんだろう、そう当時から度々思っていたが辞めた。追求などしていたら漫画は楽しめない、あくまで二次元だから意識すべき点ではないとして完結させました。作品を知らない人もいるでしょう、なのでまずは簡単に物語概要から説明していこう。

きみはペット 概要

あらすじ

巷談新聞社に勤めている主人公・『巖谷澄麗』はモデルのような容姿、さらにハーバード大学卒業という絵に描いたようなキャリアウーマンとして勤務していた。容姿端麗・頭脳明晰、社内有数の才色兼備であったことは彼女の誇りでもありましたが、ある日社内で付き合っていた男性と別れてしまう。失恋の辛さもあってか、翌日には上司に対して暴行を働いてしまって左遷させられてしまった。エリートコースから逸脱してしまった彼女は何処か投げやりになって日々を過ごしていると、ある日自宅マンション近くに大きな段ボールが転がっているのを見つける。どかそうとすると、中には一人の青年が行き倒れ寸前の状態で入っていたのだ。

放置するわけにもいかず、澄麗は自宅に彼を挙げて食事をごちそうし、『合田武志』と名乗る青年と知り合いになった。ただ青年はこれから行くところがないからといって少しの間置いてくれないかと澄麗に頼む。一つ屋根の下で男と同棲などと考えられなかった澄麗は、武志にある条件を突きつけた。それは彼女がかつて飼っていたペットの犬『モモ』の代わりとして、彼女のペットでなら置いてもいいと提案し、武志は迷うこと無く受け入れてしまいます。こうして澄麗と武志ことモモとの奇妙な暮らしが始まっていく。

冒頭部分までは良いとして

冒頭の件を見るとよくありそうな展開と思える。失恋はこの際良いとしても、自分自身がひどく落ち込んでいる時に、いつもは些細なことでも怒らないのに爆発してしまった、なんてことは誰でもあるはずだ。主人公の澄麗はそれを社内で上司を殴ってしまったため、左遷されてしまったのは自業自得の一言だ。それからは失意のどん底で暮らしていく事になる。そもそも失恋の原因も、恋人との立場的な差が顕著だったのも関係していた。澄麗は誰もが嘱望するキャリアウーマン、恋人だった男はしがない一般社員、男は不釣り合いな彼女との交際に精神的に参ってしまったという面もあったのです。

ここまではリアルでもよくある、といっていいかはどうかだが、そんな展開でマンション前に捨てられていたダンボールには青年が入っていて、なんやかんやとペットとして同居することになりました。ここからギャグあり、シリアスあり、恋愛ありのドタバタコメディが始まりますといえばそれで終了しますが、一旦少し落ち着いて考えてみよう。

人助けをして助けるのはいいとしても、拾った男をまるで動物のように扱う時点で常軌を逸しているとしか言いようがありません。よくドラマで放送が決まったなとつくづく感心してしまいます。物語的に見れば斬新なのかもしれませんが、だからといって前衛的すぎないかと、そう思わなくもない。

韓国でも映画化

この作品は何だかんだで連載当時は非常に高い人気を誇っており、それは国外を飛び越えて行った。やがて映像化は日本国内だけでなく、最近物凄く微妙な関係になってきている韓国にて映画化が決定したほど。こう見ると人気があるんだなぁと思わなくもないですが、韓国国内ではこの作品の上映に関して一悶着がありました。

上映中止を求めて

作品のテーマが、

女性=主人,男性=ペット

といった露骨なほど人権侵害をした関係をテーマにしているため、韓国の人権保護団体からいくら映像作品だからといって、このような逸脱した表現があって良いものではないとして、ソウル地裁に上映中止を求めての訴訟が行われたという。しかし結果として願いは裁判所内にまで及ぶこと無く、願いそのもの棄却されてしまったとのこと。

ちなみに言っていることは至極正しく、確かにこんな作品を放送したからといって評判が得られれば良いとは言えないからだ。確かに女性が男性を養う、そういった闇は日本でも他の国でもあるかもしれないが、映画とするにはちょっとやり過ぎたのではないか、その一言に尽きる。

正直なところどうなのか

漫画作品は面白ければいいとはいうものの、そもそもきみはペットという作品はどのような経緯で生まれたのか、それは非常に気になるところだ。少し調べてみたが、どうやって生まれたのかについてはやはり情報掲載が行われていないので、謎となっている。作者の経歴を見てもそこまで極端に趣向の変わった作品をこれまで作ったという記録も書かれていないものの、何故これを作ろうと思ったのかと知りたがっている人は多そうだ。

こうした作品を見ると、女性は男性をペットのように飼いたいのかという点が気になる。はるか昔では男尊女卑が当たり前だった、女性は男性に支配されるのが常識だったものの、今は男女平等という時代風潮が常となっている。そこへ女性が逆に男性を支配する女尊男卑、本当にそんなものを望んでいるのでしょうか。この作品はそういう視点で見ると実に興味深い作品なのかもしれません。

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